映画『時には懺悔を』を観て。知っているのに、踏み込まない私

※この記事には、映画『時には懺悔を』の内容、後半では結末に触れる部分があります。
こんにちは アンドナの野村です。
少し前に、映画『平行と垂直』を観たことをブログに書きました。
そして今朝、また障がいをテーマにした映画を観てきました。
タイトルは『時には懺悔を』。
こう書くと、「野村さん、そんな映画ばっかり観てるんですか?」と思われそうですが、そんなことはありません。
『ちいかわ』も観ています(笑)
ただ今回は、重度の障がいがある男の子が登場する映画だと知り、やはり観ておきたいと思ったのです。
映画『時には懺悔を』は、探偵が過去の誘拐事件の真相を探る中で、重い障がいのある少年「しんくん」と出会うお話です。傷を抱えた大人たちが、しんくんや、彼を一人で育てるお父さんに関わっていく姿が描かれています。
前回の『平行と垂直』とはまったく違う作品で、心の中に重いものがずしっと残る映画でした。
朝8時30分の映画館で
近くの映画館での上映は、土曜日の朝8時30分から。
その1回だけでした。
映画館に着くと、朝早い時間にもかかわらず、たくさんの親子連れがいました。
皆さんのお目当ては、『ちいかわ』です。
一方、『時には懺悔を』のスクリーンに入ったのは、15人くらいだったでしょうか。
その人数を見ながら映画が始まりました。
知らなかったのではない
映画を観終わって最初に思ったのは、
「私は、重度の障がいがある人たちのことを、まだまだ知らない」ということでした。
でも、少し時間が経って考えてみると、何か違う気がしました。
知らないわけではないのです。
私は福祉の専門家ではありませんが、もともと重い障がいのある人のための障がい福祉サービスを行う会社で10年勤務し、現在も奈良市のリコラさんや八尾市のノーサイドさんと一緒にお仕事をしています。
日常的に、重度の障がいがある子どもや大人、そのご家族と出会う機会があります。
お母さんたちと、じっくりお話しすることもあります。
日々の暮らしのこと。
子どもの成長のこと。
これから先のこと。
うれしいことだけではなく、不安なことや、簡単には言葉にできない思いを聞かせていただいています。
だから、私は何も知らないわけではありません。
むしろ、知っている。
そして、知っているからこそ、そのもっと奥を直視しないようにしてきたのかもしれません。
知っているけれど、踏み込まない
私は、直接支援をしている人ではありません。
食事や入浴、排泄の介助をしたり、医療的なケアをしたり、日々の暮らしを最前線で支えているわけではありません。
私が関わっているのは、一緒にイベントをする。
アートを社会につなぐ。
ボッチャをする。
ホテルへ食事に行く。
そんな、比較的明るい場所です。
そして私は、そこを自分の役割だと思ってきました。
でも、その奥にあるものも、少しは知っています。
家族のこと。
命のこと。
将来のこと。
簡単には解決できない課題がたくさんあること。
知っているけれど、自分からそこまで深く入ろうとはしてこなかった。
一度そこに深く入れば、簡単には戻れなくなるような気がするからです。
知ってしまえば、何かしなければいけないような気持ちになる。
でも、自分には何ができるのか分からない。
だから、どこかで線を引いてきたのだと思います。
正直に言えば、そんな自分に少し罪悪感があります。
知っているのに、そこまでは入らない。
それでいいのだろうか。
今回の映画は、私の知らなかった世界を見せてくれた映画ではありませんでした。
知っているけれど、あえて深く見ないようにしてきた部分を、もう一度目の前に置かれた。
そんな映画だったと思います。
8歳のしんくんが、30歳になったとき
映画に登場する8歳のしんくんは、重い障がいがあり、自宅で暮らしています。
学校へ通うことが難しく、療育の専門家が自宅を訪ねてきてくれます。
しんくんにとって、社会との接点は、家を訪ねてくれる人たちと病院です。
でも病院へ行くと、しんくんには知り合いがたくさんいます。
病院で知り合った友達と挨拶をしたり、看護師さんから「しんくん、元気?」と名前を呼んでもらったり。
病院には、私が思っていた以上に、しんくんを知っている人たちがいました。
そんな姿を見ながら、私はしんくんが30歳になったときのことを考えていました。そして、40歳になったときは、どうなっているのだろう、と。
私は以前、重い障がいのある人が通う福祉施設で10年間働いていました。
そこには、30代、40代、50代の重度の障がいがある方たちもいました。
だから、これはまったく知らない世界を想像しているわけではありません。
子どもの頃には、学校があります。
先生がいて、同級生がいて、医療や福祉だけではない人とのつながりがあります。
でも、大人になるにつれて、その接点が少しずつ減っていく人たちを、私は実際に見てきました。
家と施設。
家と病院。
暮らす場所も、出会う人も限られていく。
身体が大きくなれば、抱きかかえることも難しくなっていきます。
映画の中でも、家庭のお風呂では入りにくくなり、大きなお風呂をつくるなど、暮らしに工夫が必要になっていきます。
だから、8歳のしんくんを見ながら、私は30歳、40歳になったときの姿を考えずにはいられませんでした。
今は子どもだから、「かわいいね」「元気?」と自然に声をかけてくれる人がいる。
でも、大人になったときはどうだろう。
病院や家以外に行く場所はあるだろうか。
家族や支援者以外の人と出会う機会はあるだろうか。
30歳になったしんくんの名前を呼んでくれる人は、どれくらいいるのだろう。
そんなことを考えました。
私にできるのは、接点をつくることかもしれない
私が今関わっている人たちの中にも、何もしなければ社会との接点が限られてしまう人たちがいます。
家と施設。
家と病院。
暮らす場所も、出会う人も、どうしても限られていく。
本人が社会と関わりたくないわけではありません。
ただ、普通に暮らしているだけでは、お互いに出会う機会そのものが生まれにくい。
だったら、そこに私は何かできないだろうか。
一緒にボッチャをする。
描いた絵をホテルに飾ってもらう。
ホテルへ食事に行く。
学校へ行く。
企業の人たちと出会う。
いつもとは違う場所へ出かける。
一つひとつは、小さなことです。
でも、そこで初めて出会う人がいる。
名前を知ってくれる人がいる。
「またね」と言ってくれる人がいる。
私は、そういう接点をつくることならできるかもしれません。
だから、福祉の人たちを応援したくなる
今回の映画を観ながら、もうひとつ考えたことがあります。
私はなぜ、福祉の現場にいる人たちを、こんなに応援したくなるのだろう。
その理由のひとつが、少し分かったような気がしました。
私には入れなかったところへ、彼らは入っていくからです。
目の前に困っている人がいれば、「どうすればできるだろう」と考えて、その先へ入っていく。
そんな姿を見ていると、私はいつも複雑な気持ちになります。
尊敬しています。
でも、それだけではありません。
私にはできないことをやっていることへの羨ましさもあります。
自分はそこまでできないという引け目もあります。
そして、知っているのに距離を取る自分への罪悪感もあります。
いろいろな気持ちが入り混じっています。
だから、簡単に「すごい人たちです」と言ってしまうと、少し違う気がします。
たぶん私は、彼らを少しまぶしく感じているのだと思います。
でも、彼らだって、何の迷いもなく進んでいるわけではありません。
「ここまでやるのか」
「どこまで私たちが関わるのか」
「これは福祉としてやることなのか」
そんなふうに迷っている場面にも出会います。
どこまで関わるのか。
どこで線を引くのか。
彼らもまた、迷いながら進んでいます。
それでも、目の前にいる人に必要なことなら、一歩入ってみる。
私はそんな姿を、そばで見てきました。
だから私は、この人たちを応援したくなるのかもしれません。
彼らと同じ場所まで行くことは、私にはできないかもしれない。
でも、彼らがそこで見つけたもの、大切にしているものを社会に伝えていくことはできる。
それが、私がアンドナでやっていることなのだと思います。
※ここから先は、映画の結末に触れます。
「助けたい」だけでは届かない
映画の終盤、しんくんに関わる人たちは、それぞれしんくんのことを思い、いろいろな行動に出ます。
みんな、しんくんのために何とかしようとしています。
でも、それを見ながら私は、
こんなにみんなが何とかしようとしているのに、結局、何もできないのかもしれない
と思いました。
それが、とても苦しかった。
最終的に、しんくんは実のお母さんのもとへ戻ることになります。
今まで8年間離れて暮らしていたお母さん。
映画の中の状況を考えれば、それが一番いい選択だったのだと思います。
でも私は、そこに少しやりきれない気持ちが残りました。
そこしか、しんくんが落ち着く場所はなかったのだろうか。
ほかに選択肢はなかったのだろうか。
誰か一人が引き受けるのではなく、もっと別の形はなかったのだろうか。
そして最後に残ったのは、
いろいろな人が関わっていても、最後はやっぱり親が背負うしかないのだろうか。
という問いでした。
もちろん、簡単に答えが出ることではありません。
でも、その選択しか残されていないように見えたことが、私は少し苦しかったのです。
しんくんのことを思っている人は、たくさんいます。
それでも、思いだけではどうにもならないことがある。
暮らす場所。
家族。
制度。
支援する人。
本人のこと。
いろいろなものが重なっていて、「こうすればいい」とは簡単に言えません。
誰か一人が頑張れば解決する話ではない。
誰か一人が優しければ救える話でもない。
そこに、この映画の現実があるように感じました。
20年かけて届いた映画
映画を観たあと、公式サイトで中島哲也監督の言葉を読みました。
原作小説と出会ってから、この映画が完成するまでに約20年かかったそうです。
何度も映画化を試みながら実現せず、その間に社会の価値観も少しずつ変わり、ようやくこの作品を受け入れる土壌が整ってきたと感じていることを知りました。
それを読んで、朝の映画館のことを思い出しました。
あのスクリーンには、十数人の人がいました。
多い人数ではありません。
でも、土曜日の朝8時30分に、この映画を観ようと思って足を運んだ人が、ちゃんといました。
20年かけてつくられた映画を、受け取りに来た人がいましたよ。
私は、そのことを監督にお伝えしたいと思いました。
そして私も、その一人です。
この映画を観て、私は何か新しいことを知ったわけではありません。
知っていること。
知っているけれど、直視しないようにしてきたこと。
そこにもう一度向き合わされたのだと思います。
私にできることは何だろう。
アンドナにできることは何だろう。
映画を観終わってからも、まだ考え続けています。


