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【第2話|つなぐ】学びは、一つの場所で完結しなくていい。学校・図書館・地域がつながる面白さ

こんにちは、アンドナの野村です。

前回は、「リカレント教育」について学びながら、大人になってから学ぶ意味について考えました。
学ぶこと自体が目的なのではなく、学んだことを仕事や暮らしの中へ戻していく。
そんなことを書きました。

今回も「生涯学習論」を学ぶ中で、もう一つ面白いと感じたことについて書いてみたいと思います。
それは、
学びは、一つの場所だけで完結しなくてもいい。
ということです。

学校だけが、学ぶ場所ではない

例えば、子どもたちが「防災」について学ぶとします。
学校で、「もし明日、大きな地震が起きたら、この地域はどうなるんだろう?」という問いを持つ。

すると、
「学校は避難所になるの?」
「食べ物や水はどうやって届くの?」
「消防車はすぐ来られるの?」
「家族と連絡が取れなかったらどうするの?」
と、いろいろな疑問が生まれます。

その疑問を図書館へ持っていく。
本や新聞、地域資料、ハザードマップなどを使って調べてみる。
すると今度は、「本にはこう書いてあるけれど、実際にこの地域ではどうなっているんだろう?」という新しい疑問が出てくるかもしれません。

それなら、市役所や消防署の人に聞いてみる。
そして、もう一度学校へ戻って、「最初に考えていたことと、何が違った?」とみんなで考える。

こうすると、
学校で考える。
図書館で調べる。
地域の人に聞く。
実際のものや場所に触れる。
そして、また考える。
という学びになります。

一つひとつは、それほど特別なことではありません。
でも、それぞれがつながると、学びが急に立体的になります。

図書館は「本を借りる場所」だけではない

今回学んでいて、図書館に対する見方も少し変わりました。
図書館というと、私はこれまで、「本を借りる場所」という印象を強く持っていました。

もちろん、本はとても大切です。
でも図書館の役割は、それだけではありません。
何か知りたいことが生まれたときに、
「どうやって調べればいいんだろう」
「どこに情報があるんだろう」
を一緒に考えてくれる場所でもあります。

場合によっては、本ではなく、新聞かもしれない。
地域資料かもしれない。
インターネットかもしれない。
あるいは、そのことをよく知っている人や施設につながることかもしれません。

そう考えると、図書館は、
本と人をつなぐ場所というより、「知りたい」と情報をつなぐ場所
なのかもしれないと思いました。

博物館には、実物だから伝わることがある

博物館も同じです。
インターネットで写真を見ることはできます。
説明を読むこともできます。
でも、実際のものを目の前にすると、感じ方が変わることがあります。

大きさ。
質感。
その場所の空気。
「こんなに大きかったんだ」
「思っていたものと全然違う」
そんな発見は、実物だから生まれます。

学校で考えること。
図書館で知識を得ること。
博物館で実物に触れること。
地域の人から話を聞くこと。
それぞれに違う役割があります。

だから全部を一つの場所でやろうとせず、それぞれが得意なところをつないでいけたらいいなと思います。
これは、今回の学びの中で私がとても面白いと感じたところです。

そう考えると、出張ボッチャも「その日だけ」ではもったいない

ここまで考えていて、アンドナで行っている出張ボッチャのことが頭に浮かびました。
私たちは、重度の障がいのあるボッチャ選手たちと学校へ行き、子どもたちと一緒にボッチャをしています。

「楽しかった!」
「またやりたい!」
それだけでも、私は十分価値があると思っています。
障がいについて難しい説明を聞くより、一緒にゲームをして、笑ったり、悔しがったり、応援したりする。
そこから自然に感じることがあります。

だから、出張ボッチャを「勉強」にしすぎる必要はないと思っています。
でも一方で、せっかく生まれた体験を、その日だけで終わらせるのは少しもったいない。
とも思うようになりました。

体験の前と後に、学びが続いていったら

例えば、出張ボッチャの前に学校で、
「障がいって何だろう?」
「みんなが一緒に楽しめるスポーツって、どんなものだろう?」
と少し考えてみる。
図書館で調べてもいい。

そして当日、実際に選手たちと出会う。
すると、
「思っていたのと違った」
「どうしてこの道具を使うんだろう」
「できないことがあっても、こんな方法があるんだ」
と、新しい疑問が生まれるかもしれません。

その疑問を、また学校へ持ち帰る。
もう一度図書館で調べてもいい。
福祉施設の人に聞いてみてもいい。

そこから、
「自分たちの学校だったら何ができる?」
「運動会をみんなが楽しめるようにするには?」
「まちの中には、どんな工夫がある?」
と考え始めたら、ボッチャという一つの体験から、学びがどんどん広がっていきます。

誰か一人が、全部教えなくてもいい

ここで私が大切だと思うのは、
誰か一人が全部を教えなくてもいい
ということです。

学校には先生がいます。
図書館には司書がいます。
博物館には専門家がいます。
地域には、その地域のことをよく知っている人がいます。
福祉施設には、日々そこで暮らしたり働いたりしている人がいます。

それぞれが、自分たちだからできることを持っています。
全部を一か所に集めるのではなく、それぞれをつないでいく。
すると、子どもたちは同じテーマを違う角度から見ることができます。

これは子どもの学びだけではなく、大人の学びでも同じなのかもしれません。
人に会う。
本を読む。
現場へ行く。
やってみる。
誰かと話す。
そこでまた考える。

学びは、教室の中だけにあるわけではありません。

学んだことを、現場へ戻してみる

私は今、大学でもう一度いろいろなことを学んでいます。
でも、学んだ内容をそのまま仕事へ持ってくればいいとは思っていません。

「理論ではこう書かれているから、これをやろう」
ではなく、「この考え方は、今やっていることを見る別の角度になるかもしれない」くらいがちょうどいいと思っています。

今回、生涯学習論を学んだことで、これまで行ってきた出張ボッチャも、「学校へ出張して、ボッチャを体験してもらう活動」だけではなく、もっと長い学びの中の、一つの大切な体験として考えることができるかもしれない。
そんなことに気づきました。

すぐに何か新しいことを始めるわけではありません。
まずは、今やっていることを少し違う角度から見てみる。
そして、学校の先生たちとも話しながら、
「この体験から、もう少し学びを広げるとしたら、どんなことができるだろう」と考えてみる。

学んだことは、ただ頭の中に置いておくだけではもったいない気がします。
現場へ持って帰って、試して、また考える。
たぶん、そこからが本当の学びなのだと思います。

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